こんにちは、大和高田市立図書館です。
2026年9月13日(日)・20日(日)・27日(日)の、連続3回古文書講座を開催しました。
講師は当館の古文書講座で毎年お世話になっている、おなじみの安田真紀子先生です。

この講座では、江戸時代に、現代でいう「くずし字」で書かれた文書を読み解いていきます。今年は、嘉永3年(1850年)に出版された『芳野詣路の枝折(よしのもうでみちのしおり)』の版本を読んでいきました。
「芳野」は奈良の吉野、「芳野詣」は金峯山寺詣でのこと、「路の枝折」は道案内の意味です。大坂(江戸時代にはこう書きました)から上街道(かみかいどう・別名上ツ道)(※)を通って吉野へと向かい、和歌山まで足を伸ばし、紀州街道を通り泉州まわりで大坂へ帰る…という行程です(頭の中で地図を辿ってみてください)。
※上街道…飛鳥時代に奈良盆地を南北に縦断するために整備された道。現在の奈良市と桜井市を天理市経由で結ぶ。

※テキストの挿絵の一部をトレースしました。挿絵もなかなか面白いのです。
『芳野詣路の枝折』は単なる道案内ではありません。道中の名所旧跡や、その謂れや見どころが丁寧に紹介されています。また、各所の名物も、いくつも列記されており、今のガイドブックの役割を果たしていたようです。
「大和路の名所旧跡を巡覧せんには…」で始まり、東大寺・春日大社・興福寺・石上神宮・長谷寺など、今でも有名な神社仏閣が次々と出てきます。その反面、内山永久寺(※1)や在原寺(※2)など、今では廃寺になったところもあり、かつての輝きが偲ばれます。
※1 内山永久寺…現在の天理市に存在した寺院。鳥羽天皇の勅願により創建された。多くの伽藍を備えた南都有数の大寺院だったが、廃仏毀釈により明治初期に廃寺となった。
※2 在原寺…こちらも現在の天理市に存在した寺院。光明皇后が開いた補陀落山観音院本光明寺を、在原業平の父・阿保親王がこの地に移したのがはじまりと言われる。寺はもうないが、現在は在原神社となっていて、「伊勢物語」ゆかりの筒井筒や、「一むらの薄(すすき)」の石標などを今でも見ることができる。

※長谷寺の図。私のトレースがしょぼいので、伝わりづらいのですが、もとの絵はもっと、このお寺の荘厳な雰囲気が出ています。このテキストの中にも「当国中の壮観なり」と紹介されています。
くずし字の解読には手こずりますが、今でも残る地名(櫟本、尼ヶ辻、今里、玉造などなど)がたくさん出てきますので、古文書と言えど、現在への繋がりを感じることができる、とても興味深いテキストでした。大和高田市立図書館の学習室で味わえる「ブラタ○リ」…!

安田先生、参加者の皆様、どうもありがとうございました。
※おまけ
『芳野詣路の枝折』に紹介されていた名物には、日本のお土産の大定番・おまんじゅうと、今でも奈良県と言えば!の素麺が紹介されていました(そ・う・め・ん!)。最後は令和の御代に、おまんじゅうを食べる人とそれを見ながら素麺を食べる人の図を載せておきます。

